ピンブラブログ~pinkblood blog~

音楽と猫をこよなく愛する若干隠居気味(心は現役)のバンギャルブログ。

ヨボギャ履歴書 

pinkblood開設までの
ヨボギャ履歴書



基本的に私の人生においてヴィジュアル系はネタです。


小学時代
従姉妹にダビングしてもらったWANDSにハマり、それまであまり興味がなかった音楽に夢中になる。
「妄想用のBGMにぴったり」。
当時、クラスの一部ではXジャンプが大流行。
私は「何だか怖いものが流行っている」と恐れていた。

中学時代
時代の流れに乗ってミスチルヲタになる(活休前の陰鬱な頃がピーク)。
隣の席の男子(ヤンキー)に月海灰色を熱く語られた記憶があるが、文化系女子だった私は

「ヴィジュアル系はヤンキー文化
「ライヴハウスは怖いところ、行ったら刺される
BRONZEの南條晃司みたいなのがいっぱいいるジャンル」

という変な固定観念(勘違い)があったためスルー(あながち間違ってはいないだろう…)。
密かにバンギャ(当時はバンギャなんて言葉ありません)が多い学校だったので、あまのじゃくな私はそっちに傾くもんかと思っていた。
同じ部活の同級生に抗生物質を薦められるが、「へ、へったくそだ…」と思い、やはり放置。
しかし明星に載っていたロンゲソバージュのハイドや美少年な頃の清春は妖精さんだと信じていた。
そんな中ミスチルが活休し、声優業界のヴィジュアル系に浸かり出す。

高校時代
「どっかにいいバンドいねーかなー」と思いながらペラペラめくっていた雑誌でたまたまアインスを知り、何故か音も聴かないままいきなりCDを購入してみる(今思うと運命)。
その音を聴き、私の中に今まであったヴィジュアル系における固定観念が崩され
「どうしてもっと早く気付かなかったんだろう」
と自問自答しながら色々なバンドを漁りまくった。
その中でも特にお気に入りだったのが、天空の城歯車キリストの涙
昔駄目だった抗生物質も上手くなっていたのでちゃんと聴く。
そうしているうちに、ヴィジュアルバブルが到来
あれは今考えてもおかしい。
キューティ&ジッパー系の子の発言によると、「シャズナか~オシャレだよね~」。
オサレ系はこの頃から始まっていたのかもしれない(別に私はシャズナファンではない)。
そんな私は、某V誌でうっかり道化師を知り、金パな村田兄のことが無性に気になる。
そして遂に地元のCD店で『Screen』をジャケ買い。
彼らの今後に過剰な期待を抱いてしまった私はピエラーに転がる
ちなみに、ブレストは毎週録音していた(痛)。
極えもんFAXも取り出していた。
文通も楽しかった。
平行して普通のJ-POP、樹脂木ぐにゃぐにゃしたもの性的機関銃回転木馬オルレアンの乙女など節操なしに聴く。
田舎の高校生だったので、ライヴにはあまり行けない。

専門大学時代
ようやくバイト解禁になったので、ライヴへ行く&音源を買うために働きまくる。
月1で港の祭りに顔を出し、某公園へ遊びに行き、今思うと別段見たくないバンドのライヴまで足を運んでいた。
だらだらピエラーをやりつつも、青バンドガチャピンの相方羊さんがマイブーム。
しかし道化師も昔から聴いていたバンドもだんだん変な方向へ向きはじめ、ヴィジュアル系への興味が薄れる。
バンギャやめよーかなと思い、バイトもやめ、毎日アニメ・ドラゴンボール(無印全153話+Z全291話)を見まくる人として駄目な日々を過ごす。
ついでにゴス音楽へ手を出してみる。
が、死人にぐバンドが気になり出し、低温バンギャへ出戻り。

社会人時代
適当に低温バンギャをやりながらpinkblood開設。
死人アルファベットの四文字目で沸騰(2004~2005)。
道化師解散・死人活休で冷却(2006)。
暗群砂糖のせいでバンギャ熱復活(2007)。
そして暗黒・メルティ界隈に通いつつもキリターに出戻り(2008)。
現在、暗群&天使様をマターリと愛でつつ雑食に。(2009)。


人生の3大ヴォーカリストはキリト(ex.PIERROT&Angelo)、眞呼(deadman)、(emmuree)。


以上



このままだと一生アガれないと思う。

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